2018年4月25日 (水)

細胞たちは、無言で語っている。

細胞たちの語ることは、とても多いわけです。何しろ人間たちや生き物の根底であるわけですから。私がブログをたたくのも思考をひねるのもすべて細胞の働きです。細胞は人間らしい姿をしていません。様々な形です。それが集まると人間になります。しかし細胞の精神、心は、私の心でもあります。

2018年4月24日 (火)

細胞になって、細胞の気分、気持ちを知る。

 細胞が60兆個集まったものが私なのです。ですから細胞と私は近いのです。いえ、むしろ細胞が私自信であります。でもイコールではありません。私の表面の意識は、世間ずれをしていて、凡庸です。細胞のような純真さが少ないです。人間であれば胎児のような心が必要です。それが細胞に近い心のはずです。でもそれでは役に立たない。堂々巡りの論法です。

2018年4月23日 (月)

細胞を中心にしたリハビリを考える

 私達が支配者というのではなくて、細胞と同じ地平で、リハビリについて考えます。細胞は、私達の身体の中に50~60兆個あると言われています。個々の細胞は、すばらしい仕事をしています。私達が考えるのも脳細胞の考える機能に依ります。ある意味、超能力者と言えるかも知れません。問題はそれを真剣に人間が考えていないことによります。それを真剣に考えてリハビリを始めます。今日の言葉、「細胞は、神が与えた奇跡」

2018年4月22日 (日)

生きている以上は、ひと時の時間を大切にする。

 若いころから中年にかけて、何と多くの時間を無駄にしてきたのだろう。しかし、自分では無駄だと思えることが必要だったのかも知れない。私も親族家族のようにあの世へ旅立つのも近いかもしれない。でも死は分岐点ではないような気がする。長い時の中の経過点であるように思います。電車の中から過ぎてゆく車窓の風景を見つめているようだ。次の駅で降りると私の外面的様は変わり、再び赤子で人生に旅たつ。今日の言葉、「縁を大切に」。

2018年4月21日 (土)

私達の心の中に浮かぶアナログな通信は、どこからやってくるのか?

 人間が機械であるかのような記述もあちこちで見られます。脳のニューロンの中を高速で走る情報は、そうと言えるかも知れません。でもこれは逆です。近年に明らかになりつつある脳や体内の知識が最初であり、万古の昔から存在していたのです。精密機械などは、現代に近付くにつれ精密になったのです。それでも赤ちゃんの脳は、はるかに偉大です。そして脳細胞はやわらかく分裂していきます。今日の考える言葉、「やわらかく増える」

2018年4月20日 (金)

心の治癒力は本当にあるのか?

 心に治癒力何てものがあるのでしょうか。私のパソコンの字を書く容量がいっぱいになってしまったので、こうして遠慮気味に文字を打っています。もちろん心に治癒力はあります。そうでなければ、お金持ちのみ生き残り、貧乏人は淘汰されます。それが現実であれば空しいです。しかし、現実はそれが適応する場合もありますし(やはり貧しさではいい医療にかかれませんが)それを補足する場合もあります。そして長生きだけが幸せではありません。

2018年4月19日 (木)

本来は、「素問を読む」ですが…。

素問は、二千年以上前の医学の読み物ですが、深い理解が得られます。現代医学の書は早くとも五百年まで遡れます。でも東洋医学と現代医学では、根本が異なっています。二つの種類の医学を経験することで、良い点、悪い点が明らかになります。今日の言葉は、「古から学ぶ」です。

2018年4月18日 (水)

心を穏やかに、その地平から発想する

 現在もパソコンに問題があり、必要なブログを書けませんが、心を平安に過ごしたいです。ジル。ボルト・テイラー先生いう所の「右脳の平安」です。自分が勝ち抜くためにストレス社会を生き抜くための「左脳の闘争」とは、離れます。今日の言葉、「平安を求める」

2018年4月17日 (火)

生きている限りは、希望が満ち溢れている。

 病の後遺症が辛くても、経済が思わしくなくても、身体が言うことを聞かなくても生きている限りは、幸いがあるし、希望があるのです。生きていなくても死後も大いなる救いがあるような気がします。亡くなった無数の人が安息を得ています。いえ、むしろ亡くなった方々の方が楽しんで平安を味わっているのではないでしょうか。そのように唱える方もいます。今日のことば、『希望』です。

2018年4月16日 (月)

今日も一日が過ぎて行く。

 時が過ぎて行く。本当は、今が大切なのだ。今ここが重要なのだ。すぐに何十年でも過ぎ去ってしまいます。今この瞬間が永遠であるような気がする。

«好きなように思うように書けないから楽しい