2019年3月17日 (日)

私は、最低限度の自由と規律を守りながら生きている。

昨年の年末に1か月の群馬のリハビリ病院へいって体調に陰りが増し、今年の2がつの家の階段から転げ落ちて、いよいよ悪体調になりました。一歩を踏み出せないのです。これは2がつの階段落ちからです。2月はバレンタインデーノトキカラ10日間入院しました。これですべては終わりかと思いますが、ところがどっこいこれからなのです。2月の入院は、小便もうんちも取られ最低限度のいきざまでした。とっ言っても患者の側からすればそうですが、実によくせわしてくださいました。感謝します。これを体験してこそ、またフツフツト熱意が湧いてきます。最低限度のどころか最高度の待遇であったわけです。私が打撲した所は、肋骨季肋部でした。ちょうど体を縦に二つに折ればその線上です。折れなかったのは幸いです。

2019年3月16日 (土)

俺は、活きる。

すいません。私は、まだ生きようとしているのです。言葉もチリジリ、脳も良く反応しません。弟たちには、よく理解できないとか言われ、最低のラインを低空飛行をしているのです。このような高度な能力を失い低度な能力に生きるのは、私本来の望みなのです。低い境地で生きるのは、私本来の望みであり生き方なのです。みんなが高度な生き方しかできないとすれば、救いようがないのです。(強引な論法です。)

2019年3月13日 (水)

細胞たちとつくる東洋医学には、どこかに誤った概念がある?

細胞たちが東洋医学の概念を作っているとすると、それはどこかに間違いがあるのではないかと思います。細胞たちの振る舞いが即人の身体を良くしているのであって、時には悪くしていることもある、それが人の身体なのだと言うことだろうと思います。人の身体の良い悪いなんて小さいことだろうと思います。それを超えた真実が示されるなら人の善良さを超えて示されるのです。

2019年3月12日 (火)

一歩歩むごとに緊張が高まる。痙性麻痺の独特な形。

2月13日ころ、階段の上から落ち、胸部を打撲して入院をしました。幸い骨は折れなかったのですが、立つために使っていた呼吸と手の支える力がなくなり、立つことができなくなったのです。驚きでした。呼吸が座位から立位へと変化する中枢だったのです。赤ちゃんを生みだすお母さんの動きで、中枢なのは、呼吸です。片麻痺の我々が座位から立位へとすんなり体位を変化させるのに呼吸が重大であることを身にしみて味わったのです。10日間の入院を通して、呼吸とふさわしい筋力はもどりました。でも痙性麻痺の強度は、強くなったまま、良い状態に未だもどろうとはしません。当面は筋力が制御できるようにしたいです。

2019年3月11日 (月)

明るい未来のために今日を生きる。

明るい未来のために今日を生きます。例え今現在が苦しくとも苦しい中に希望があるのです。今現在の苦しさは、身体に属することです。大したことではありません。とは言え、その苦しさを自分で味わい仲良くし、苦しさが希望に結びつくようにします。痙性麻痺は、一歩歩むごとに不安が伴います。その中に希望を持つことができます。

2019年3月10日 (日)

重い筋力障害でも私は克服する。

昨年の年末に1か月群馬の病院に入院しました。そこは、川平法という最先端のリハビリ施設であったにも限らず、退院後は症状は悪化気味で、さらに今年のバレンタインデーには、家の階段から滑り落ち、症状はさらに悪化したのです。でもこれは私への警告であり、天の啓示なのです。(つづく)

2019年3月 9日 (土)

私は生きている。それで十分だ。

痙性麻痺を味わうと生きていることが素晴らしいと思える。普通のことが何一つできず、それらの普通のことで支えられた人生に今感謝します。

2019年3月 8日 (金)

俺は、根深い痙性麻痺にアタックしよう。

俺は、治療には、本当に弱いのです。しかし、ここまできて挑まなければならないのです。背部には何もないのです。私が頑張るしかないのです。私にどれほどの力があるか、神を信ずる度量があるか、よく見てみよう。

2019年3月 7日 (木)

3週間ぶりくらいにメッセージを送ります。

2月14日に階段から滑り落ちて、胸骨の打撲をして、2月24日まで脳神経外科に入院していました。家に帰ると我が部屋は、すっかり荒らされており、(そんな気持ちは、ないのだろうが…)何しろ本やパソコンに理解がない父の単独行動で、パソコンの線は抜かれ、本は適当に投げやられ、我が部屋は荒らされていたのです。私の中枢部がめちゃくちゃになったのです。それを端から片付け何日もかけてパソコンも機能し始めて、こうしてメッセージを発信しています。昨年の年末は、群馬のリハビリ病院に1か月のリハビリ入院をしました。そして2月の胸骨打撲入院で私の身体の機能は、すっかり落ち痙性麻痺も強度になり、やる気が益々湧いてきました。2月24日の退院時には、現在の身体の機能をかんがみ、これからどうしょうと思えましたが、多くの方々の恵みに支えられ生きて行けそうです。感謝します。

2019年3月 6日 (水)

やっとつうじたぜ。おれのブログへ。感謝。

やっと通じたよ。私のブログへ。この2,3週間は、家の階段から滑り落ち病院へ入院していました。UさんやNさんには。大変迷惑をかけました。ひらに謝ります。今日はブログの打ち方さえ忘れ気味で、明日から出直しします。

«細胞たち、御使い、天使、守護霊などの他に、あの世が存在する。