2017年7月24日 (月)

私の脳の構造と機能(66)

 なかなか進みませんが、今日は、92ページの「触圧覚、深部感覚が伝わるしくみ」に入ります。体性感覚情報の伝導路(伝わる道筋)には、後索―内側毛帯路と脊髄視床路の2つの道筋があります。ここでは、後索―内側毛帯路で触圧覚や深部感覚が伝わるしくみを見て行きます。体性感覚神経は、脳と内臓以外のすべてに、くまなく分布しているもので、様々な刺激を感知しています。

中でも感覚受容器が密集しているのが、皮膚です。(つづく)

2017年7月23日 (日)

健全な宗教心と医学観を満足させるような包接的な医学はないのか?

 宗教心は、必要であると思います。まだわからない人生の謎に答え、私たちが一瞬のこの世の短い生命を越え、また過去に亡くなった貴重な命に復活の希望を与える宗教心は実に大切であります。人間が齢を取って老化するだけではなく、またいつの日にか若者になり十分働けるのです。この夢のような話が医学と組み合わさって出てくるのが、ホリスティック医学です。これは、包括的医学とも全体的医学ともいいます。

それは人生を医学的方面だけからしか見ないで、あらゆる側面から包括的に考え、その結果、結論を見出していくことです。ですからホリスティック医学とは、医学を扱うとともに人生や哲学や宗教や諸々を総合的に扱う医学です。全体の中に医学もあるのです。宗教といっても、宗教心のことで、団体や組織とは一切関係ありません。人生を初老になって俯瞰(ふかん)すると、それでもわからないこと、人生の謎があり過ぎます。

例えば死後のこと、そのことにあいまいのまま人はやがて死の眠りにつきます。もちろんはっきりとした見解は得られないでしょうが、真実を知りたいと努力すればかなりの確率で、目の前の霧は、霧散してきます。私は、そのような努力を2か月くらいにわたり行いました。考え黙考し、参考文献をしらべたのです。そして自分がなぜここに存在しているか、この人生で学ぶべきことは何か、自分の持っているもので人々に役立つ能力は何か等新しい発想と見解がみるみる湧いて出てくるのです。

それは、鍼灸のある会報誌に載せてもらった「悠久の時を旅する私達」と題する小記事でした。それによって私はある程度、人生の流れを納得することができました。去年の新緑と今年の緑は、同じ木に生える緑でもまったく同じではありません。季節は巡ります。少しづつ異なりますが緑は緑です。人間もそのように輪廻再生します。姿、能力、性格も異なりますが、核にある魂は同じです。こうして人生の訓練を受けながら再生していくのです。

「私たちは現在の生だけでなく、数多くの人生を生きます。生まれ変わりながらあらゆる生き方を経験することで、意識の成長が促されます。霊魂の転生という概念は553年まで聖書にも記述されていましたが、キリスト教会はコンスタンティノーブルの最後の公会議においてふさわしくないと評決し、削除しました。」「チャクラ―癒しへの道、新しい健康の発見」クリスティン・ペイジ、著、両角美貴子、訳、サンマーク出版、2006年

これは、クリスティン・ペイジ先生(ホリスティック医)の人生に対する見解です。

2017年7月22日 (土)

「奇経八脈攷(こう)を考える(44)「夏の炎熱の日々には、痿病や厥病が起こりやすい」

 先週は、177ページの本文が読み終わりました。今週は、178ページの参照に入ります。「①煩悶するなり―原文に、「痿という病は、四肢が痿軟無力となり、その心は煩悶が止まざるなり」とあります。四肢が無力となり、心に煩悶があるようです。②厥という病は、衝脈の気が逆上するなりー「気が胸に上衝するのは、みな厥証なり。厥は気逆なり、甚だしければ大逆なり、故に曰く厥逆と。」③今年の夏のように夏の炎熱が続く日々には、発汗過多のために体内の津液を消耗して、痿証、厥証、煩悶などの症状が起きやすくなる。

これを治療するために肺金の燥気を粛清するのである。(肺は腎精と膀胱の津液の上限であり、津液を主る大腸と表裏をなす)梅雨が続く日々には温が化して湿熱となり、火熱を助け、肺気を尅するので湿熱を去るのである。(とありますが、よくわかりません。湿熱とか燥気とかが肺にとっては悪いし、それが続くと痿へき(足萎え)になってします。④生脈散はー生脈酸は人参、麦門冬、五味子が処方されたものです。原文には、「熱のために元気をそこないたるたるは、人参、麦門冬、五味子をもって脈を生ぜしむるなり。…」とあります。

⑧滲洩(しんせつ)-甘淡滲湿の薬物によって湿邪を小便から排出する方法。

本文に戻ります。「(7)『霊枢』の「衛気・第五十二」にはこう記載されている。胸部には気が集合し、通行する道路がある。腹部にも気が集合し、通行する道路がある。頭部にも気が集合し、通行する道路がある。脛部にも気が集合し、通行する道路がある。だから、頭部にある気は、脳に集合する。胸部にある気は、胸の両傍らの膺部(ようぶ・大胸筋)と背腧(脊柱の中部の第十一椎の隔膜より下方の背兪穴)、

衝脈(腹部において足の少陰腎経に並びながら循行している径路上)、および臍の左右の動脈(盲兪穴、天枢穴等)に集合する。脛部にある気は、足の陽明胃経の気街穴(気衝穴)、足の太陽膀胱経の承山穴、及び足の踝の上下に集合する。これらの気が集合し、通行する部位に刺鍼するときには、毫鍼を使用するのであるが、刺鍼の前にまずその部位をやや長めに按圧して気の至るのを待ち、それから刺鍼して補瀉を行うのである。

この刺鍼で治療できる疾患は、頭痛、眩軍、中風発作で倒れて人事不省となったもの、腹痛、中脘部の満悶、腹部の突然に起こる脹満、新しい積聚で痛みがあり[按圧すると移動するもの]などである。」

手足のマヒで力がなくなり動けなくなった病=痿病や手・足の冷えによって腹部や胸部の流れが逆流したりする病=厥病などは、衝脈の疾患として現れやすいです。これらの刺鍼で治療できる疾患のうち中風発作で倒れて人事不省となったものとありますから痿病や厥病は、脳の病気の結果の全身の状態とも関係が深いのがわかります。

「奇経八脈攷全釈」李時珍、編著、小林次郎、訳注、燎原書店、1991年

2017年7月21日 (金)

心の治癒力を研究する(44)「癒しのためには、エネルギーと光を常に意識しなさい」

 今日は、158ページの「日常生活の癒しの光とエネルギー」という副見出しに入ります。光とエネルギーの存在を普段から意識します。日常の生活の中に自然の光を喜び感謝することができます。太陽の光、日没の様子、月の光、星の光…あるいは絶対的な純粋の光などを思い出し心の中で育てていくことができます。トゥルクさんの話すことは、すぐには理解することはできない感じです。坐る時には、ただのイスと思って坐るのではなく、光とエネルギーを祝福する気持ちととともに、リラックスし、じぶんの行為をはっきりと意識しながら座ります。

思考するときには、執着や混乱や怒りに満ちた心で考えてはいけないと言うことです。それでは心の中に光は灯らないし、平和な光に満ちた状態を起こすことにもならない。力強く透明な声で話します。癒しの力があります。歩くときには、操り人形のように歩いてはいけない。光の存在を意識していれば、すきっと歩くことができるはずです。(ただし脳出血の片麻痺でなければ…。それにしても光の存在を意識した片麻痺の人間には、それなりの重厚さが出てくるはずです。

リラックスし、身体を伸ばし、自然に呼吸すれば、自然にエネルギーが輝くそうです。現代人の私たちは、解剖学的に自分の身体を認識しやすいです。でもそのような身体がもしあったら、腐敗が始まり体としての用をなさないでしょう。私たちに必要なのは、呼吸であり、エネルギーであり、光なのです。もちろん心も大切です。それが生きた人なのです。ものに触れる時は、手から癒しのエネルギーが出ていて、触れると考えなさいとトゥルクさんは語ります。

指一本の動きすらも、光とエネルギーの戯れであり喜びであり祝祭であり得ると書かれています。じぶんでピンとこない修業はどこかに過ちがあるのかも知れないし、自分がそこまで及んでいないのかも知れない。光の存在といえば、東洋でも西洋でもその他あらゆる民族が生から死へと移る時に指導してくれる心優しい存在のようです。光の存在を意識することは、癒しのエネルギーを湧き起こさせる一つの方法であるようです。

リラックスした解放感をもたらすような瞑想であれば大丈夫であるようです。癒しのエネルギーを高める方法はそれ以外でも運動、体操、歩く、ヨーガ、踊る、歌うなどいろいろあります。来週は、第二部、癒しの実践に入ります。

「心の治癒力―チベット仏教の叡智」トゥルク・トンドゥップ、著、永沢哲、訳、地湧社、2000年(つづく)

2017年7月20日 (木)

素問を読む(196)瘧の病の悪寒や発熱はどのように出て来るのか?」

 今日は、「瘧論篇第三十五」の324ページの2行目からです。「そもそも寒は陰気で風は陽気であります。先に寒邪に傷(いた)められている所に後で風邪に傷められますので、先に悪寒して後に発熱するというわけです。この時をもって発作する病を寒瘧(かんぎゃく)といいます。黄帝が言われます。では、先に発熱して後で悪寒するのは、何といいますか?岐伯が答えます。この場合には、先に風邪に傷められて後で寒邪に傷められて、まず発熱してから後で悪寒します。これもまた発作が起こるのに時が定まっています。

これは、温瘧(おんぎゃく)といいます。この病で、ただ発熱するだけで悪寒のないものがあります。それは陰気が先に絶滅に瀕して、陽気だけが独りで発作を起こすのです。すなわち発作が起きますと、呼吸は力がなくなって浅く、胸がもだえ、手足が熱くなってむかむかと嘔気を催します。これは熱だけのおこりで疸瘧(たんぎゃく)といいます。黄帝は言われます。経典に、有余は瀉せ、不足は補せ、とあります。いま熱を有余とし寒を不足とすれば、瘧病の寒気は湯も火もこれを温めることができず、熱気は氷も水もこれを冷やすことはできないのですが、これらは皆、有余・不足の類であるのに、名医と雖もこればかりは止めようがありません。

必ず病勢が衰えてから刺法を加えているようですが、どうしてなのでしょうか?説明していただけますか?岐伯が言います。強烈な発熱時には、刺してはいけません。疲れが極端に激しい時は刺してはいけない。滝のように汗が流れ出ている時は刺してはいけない。と経典に有ります。故に、病邪が逆襲してくるその時には、治法を施してはいけない。およそ瘧病の発作が起こる時は、陽気が陰に集まります。この時は陽が虚して陰気が盛んとなりますから、体表には陽気がなくて、必ず悪寒戦慄するものです。

陰気が最大の極みに達しますと、転じて陰気は陽に集中します。すると陰が虚して陽気が盛んになりますから、体表は熱し、内部も陰気が虚しますから、熱してきてのどが渇いて水を欲しがります。換言しますと、瘧の邪気が陽、つまり体表に集まりますと陽気が勝ち、陰すなわち内部に集まりますと陰気が勝ちます。陰気が勝った時は悪寒し、陽気が勝つと発熱します。(瘧のような発熱と悪寒がある病を説明するのは、難しいと思います。それを素問の著者は、見事に自然医学的に説明しています。)

「素問・新釈・小曽戸丈夫」たにぐち書店、平成18年

2017年7月19日 (水)

唯識入門講座で心を実践的に考える(11)

 今日は、48ページの「末那識(まなしき・深層で働く自我執着心)のところへ入ります。末那識とは、八識の中の第七番目の意識で、六識までは、表層で働く意識でしたが、末那識は深層で働く自我執着心です。この末那識は、寝ても覚めても、生死輪廻するかぎり、深層で常に働いている自我執着心です。その意味では、常につまびらかに思考すると言われています。とはいっても、この自我執着心は深層心ですから、その存在は、なかなかつかめません。でも深層にしっかりとあるのです。

何かを判断する、思う時、そこには、常に「自分」が中心にあります。(自分がそう思う)というわけです。何か「善いことをした時」にも自分が善いことをしたという思いがそれとなく、あります。これらは深層に自我執着心があると言うことを指し示しています。表層で自分中心の行為(業)をすると、他人を傷つけることがあります。そしてその表層の行為(業)の結果がさらに深層の自我執着心を深めてしまいます。それにしても末那識は、人間にとって、やっかいな存在です。

最後は、「阿頼耶識(あらやしき・深層で働く根源的な心)」です。アラヤは原語では、蔵・貯蔵庫です。それで蔵識といいます。これは西洋のフロイトやユングの称えた無意識とは、全く違うと著者である横山先生は言っています。無意識という潜在意識は、神経症などの患者の言動を通して、フロイトやユングが臨床的に推測したものです。阿頼耶識は、唯識瑜伽行派の人々がヨーガを修する中で、表層心を鎮め自ら発見したものです。小説西遊記で有名になった、実際の玄奘三蔵法師は、阿頼耶識の真実を知るために唐からインドへと向かったのです。

無意識は、深い層の心とフロイトらは、名づけました。局所論的に捉え、最深層の心としました。唯識では、阿頼耶識を潜在的心であるとし空間的大きさとは一切関係ないものとしました。この阿頼耶識の働きをまとめると、次のようになります。①業の結果を貯蔵する。②現在と未来とのすべての存在(一切諸法)を生じる。③身体を作り出し、それを有機的・生理的に維持している。④自然を作り出し、それを常に認識しつづけている。⑤輪廻の主体となる。

これは、横山先生のまとめられた見解ですが、これを見ると単なる心理学とも思えません。この⑤までをこの本の著者である横山紘一先生が解説してくださいます。①の阿頼耶識は、業の結果を貯蔵するということについてです。表層の業(したこと、やろうと思ったことなど、カルマといいます。
カルマ・業は、生きている限り、あります。それを区分けすれば、身体的行為(身業)と言語的行為(口業・語業)と精神的行為です。心・口・意です。これらによって、必ず阿頼耶識に“種子”として貯えられます。貯えられるだけではなく、阿頼耶識の中で成長し、成熟しまた縁を得て再び芽吹き、表層の業として展開します。

カルマ・業は、良いカルマと悪いカルマとどちらでもないカルマがあります。良い種子をできるだけ蒔き、植えつけたいのですが、そうもいきません。汚い悪い種子で阿頼耶識を汚すことの方が圧倒的なのです。今日一日、この一週間、この一年、阿頼耶識に清らかな種子を植え付けたいです。(つづく)

2017年7月18日 (火)

痙性麻痺で右太ももが硬くなり、下肢が上がりずらい症状にどう対処するか?

 まず末端の症状でありながらも、原因は、左脳の血管が出血して破れたことによります。その近くの脳の組織は、溢れた血液で壊死して障害が残りました。その左脳の障害は、首の上の方の延髄で錐体交叉して、右半身マヒとなったのです。私の脳出血右半身マヒ歴を振り返ると、発症直後は、死に近かったです。2,3か月して意識がはっきりして、動作も少しづつできるようになると、正常な動きができないこと、感覚がはっきりしないこと、自分の動作が目で見つめなくては動作の感覚がつかめないこと、などがありました。

それらを合わせても、今思えば、とても身体が楽な感じでした。今あるような体の重さや足や手の筋肉の違和感、普通の生活では味わえない奇妙な感覚など痙縮あるいは痙性麻痺などという症状が病気発症後6か月後くらいから少しづつ現れるようになりました。その症状は少しづつ進み、今現在は、痙縮に困難を感じています。痙性麻痺の筋肉をやわらげる方法として、エドガー・ケイシー療法で行われている「マッサージオイル療法」に期待を持っています。

この療法は、作った方が超能力者であったことよりも、健全なバランスのとれた宗教人であったことに価値があります。キリスト教でありながら、輪廻転生的世界観を一貫してもっておりました。アメリカ人でありながら自らの中におわす神様に救いを委ねました。つまり仏性を信ずるように、内なるキリストを信頼したのです。つまりひとりひとりの人間には、内なる救い主がいるし、内なるドクターも備えられているとしたのです。それがキリストや神様であろうが、菩薩や仏であろうがまったくかまいません。私たちは弱い人間でありながら、内に救いはあるのです。

誰でも内には救いがあるのですが、その救いを実感できないのです。それで他のもの、私たちの外にあるものに(例えば、仏様、神様、金銀財宝、地位、旅行など)に頼るのです。私もそうしてきました。私たちの中に有る救いは、私たちの命が消えていく時にも私たちを見放しません。ですから独り暮らしのお年寄りでも「孤独死」はあり得ません。例え、ひとりのように見えてもお天道様は、ともにいてくださいます。お天道様と言ったて、姿もなければ、声もありません。ただ私たちとともにいて下さる偉大な霊的存在です。

話がずれました。こうして今はわからないけれど、いつかは内なる智慧を得て、痙縮を難なく乗り越えることができます。

2017年7月17日 (月)

私の脳の機能と構造(65)「身体の感覚は、どうやって脳にまで伝わるか?」

今日は90ページの「体性感覚伝導路のしくみ」の中の91ページを行いましょう。一次ニューロンの細胞体は後根神経節にあり、脊髄の後角に入ります。末梢からやってきた感覚情報は、脊髄神経が枝分かれした後神経節を通り、脊髄の後角という部分に入ります。感覚を治める神経は、後根にあり、運動を治める神経は前根にあります。脊髄の横で合流して一つの脊髄神経となります。末梢に分布します。それを反対の経路で、体性感覚の伝わり方ですから末梢から脳への上行径路は2つあります。

ひとつは、脊髄視床路(せきずいししょうろ)です。一次ニューロンが末梢から脊髄の後角に入ると、二次ニューロンにすぐに乗り換え、これまたすぐに左右交叉して上行します。この脊髄視床路には、痛覚や温度覚、粗大な触圧覚などの神経が通ります。粗大な触圧覚とは、体表の内、毛のある部分の局在性の低い荒い触圧覚です。手のひらで触るような微妙な触圧覚ではありません。もうひとつは、同じ側の脊髄後索をそのまま上行する後索―内側毛帯路です。

このルートでは一次ニューロンが延髄まで上行して二次ニューロンに乗り換えてから左右交叉します。この経路を通るのは、詳細な触圧覚や深部感覚です。詳細な触圧覚とは、脳出血後、右手のひらがマヒ手になる前の私の右手のひらでした。もともと右手の感度は左手よりも良い状態でした。現在はほとんど感じません。何は、ともあれそれが詳細な触圧覚を感じるところです。触圧覚は、伝導速度の速い、太い有髄線維で伝えられます。温度覚や痛覚は、細い有髄線維や無髄線維で伝えられています。(つづく)

「ぜんぶわかる脳の事典」坂井建雄、久光正、監修、成美堂書店、2011年

2017年7月16日 (日)

死後のことを知らないで、この生命のことを扱うことができるか?

 死後のことを考えないで、この生命のことを扱うことができるのでしょうか。仏教の創始者である釈迦(しゃか)は、そのようなことを考えるより、目の前で起きている現実を考え対処なさいと言ったようです。生きている現実の問題が大切だと考えたのです。そして色々な教義のようなものができました。当時の人たちにも、現在の私たちにも、死は近くにあり、現在の生とともに関心があります。それで、後ほどの釈迦の弟子たちは死後のことをたくさん考えました。瞑想、考究したのでしょうか。浄土とか地獄などは、弟子たちが考えた所産です。

今日の我々でも死んだ後にはどうなっているのかと考えることもあります。現代的科学的見解では、人の死後はその成分(元素のようなもの)だけ残し、意識は亡くなっていくというものです。なぜなら、解剖学的な身体は失われるからです。それなら、それで、さっぱりします。(解剖学的な身体が唯一の人間を存続させる土台だという見解は、古代からの様々な民族の伝統の中では否定されています。)圧倒的に多くの人類は、何らかの形で意識は存続すると考えました。

もし意識が、古びて行く肉体を乗り換えて未来を目指すものであるなら、1回1回の人生で使う肉体は、1度きりでありますので、意識は連続していますがその肉体に合わせて意識もゼロからのスタートになります。ゼロからのスタートになりますが、それまでの数多くの人生で持った関心やら興味やらその人独特のものがそこはかとなく反映されます。小さな子供でもその人なりの傾向が見られます。

それらを考えていくと、人生の流れのようなものに気づきます。人は、生まれては、ただ死んでいく存在ではありません。何かを今生から学び、辛くても明日を夢見て生きて行く存在であろうと思います。大乗仏教唯識派の人々が想定した深層の意識の流れに浮き沈みしながら悠久の時を旅する私たちが私たちの本当の姿なのではないでしょうか。そういう意味では私の今生の人生は、ほぼ失敗で、経済的にも人間の成長でもそう言えます。ただ脳出血で頭を内側からやられた時に、この人生でもわずかな恵みを残すことができるようになりました。

病院のベットで天井を見つめぼーっとしている時に人生はただ経済的に成功することだけではないと気付いたのです。もはや、この体をもって治療や患者さんとの対応に応ずるのは不可能と思われます。私ができるのは、東洋医学の治療に、仏教の唯識の深層意識である阿頼耶識の治療をとり入れることです。混沌としています。混沌としていますが、脳出血でやられた組織の修復は、これしかないように思えます。

2017年7月15日 (土)

「奇経八脈攷(こう)」を考える(43)「痿証をよく理解して、対処できるようにしよう」

172ページの本文、(5)『素問』の「痿(い)論篇・第四十四」にはこう記載されている」を先週行いました。今週は175ページの参照を学びましょう。①痿論ー痿論とは何でしょうか。高土宗の注に、「痿は、四肢委弱、挙動不能なり。委廃棄、不要のごときなり。」とあるようです。痿は、なよなよの会意文字でなえて、力がない意。四肢の随意運動が喪失あるいは減退、四肢の知覚障害や栄養不良等を「痿証」といいます。まさにこの病気も私の脳出血後遺症に近いものがあります。その痿証は、五臓ごとに区分けされるようです。皮毛の痿(肺)、脈痿(心)、筋痿(肝)、肉痿(脾)、骨痿(腎)などです。

②宗筋とはー王冰の注で、「宗筋は、陰毛中の横骨の上下の竪筋(じゅきん)(しっかりと立てる筋、縦の筋)をいうなり、上は胸腹につながり、下は髖尻を貫く。また背腹を経て頭項に上る。」とあるようですが具体的には詳細はわかりません。『類経』の注には、宗筋は、前陰に聚まる所の筋なり。諸筋の会となるなり。凡そ腰背渓谷の筋はみなここに属するが故に、骨を束ねること主りて、機関を利するなり。」とあるようです。③渓谷―身体の体表に渓谷のような場所があるということで、大きいところを谷といい、小さいところを谿というとあります。よく分からない表現ですが、宗筋をでっぱりであるとすると、渓谷はくぼんだところ、しかも「肉の」とありますので、この肉体上にあるのは確かだと思います。

④陰陽は宗筋の会を総べ―『類経』の注に「宗脈は前陰に聚まる。前陰は、足の三陰・陽明・少陽及び衝・任・督・蹻の九脈の会する所なり。。九者の中、即ち陽明は五臓六腑の海となり、衝は経脈の海となる。これ、一陰一陽がその間を総べるなり。」とあります。⑤気街においてー気街は、陽明胃経の気衝穴のことだと思います。王冰の注に、「宗筋は臍下を挟みて横骨に合し、陽明はその外を輔(たす)け、衝脈はその中に居るが故に、気街において会して、陽明がこれの長となるなり、というなり。」とあるようです。

⑥その営を―『類経』の注に「諸経の滴る所を栄となし、注ぐところを兪となす。補は気を致すゆえん、通は気を行(めぐ)らすゆえんなり。…けだし痿を治すは、まさに陽明を取り、また必ずその受けるところの経を察してこれを兼治すべきなり。」とあるようです。痿証には、まずは陽明をとるのですね。⑦筋・脈・骨・肉-馬元台の注に「けだし、筋・脈・骨・肉は、おのおのその時をもって病を受ける月あり。筋は春に病を受けて筋痿をなし、心は夏に病を受けて脈痿をなし、脾は至陰(「十六節蔵象論・第九」に、「この至陰の類は、土気に通ずる、とある。)に病を受けて肉痿をなし、肺は秋に病を受けて皮痿をなし、腎は冬に病を受けて骨痿をなすがごときなり」とあります。

⑧王気は旺気に同じ。

 痿証は、陽明をまずとればいいようです。続いて本文にもどります。

「(6)李東垣はこう言っている。[脾胃の虚弱な人が、梅雨が毎日続く日々と]夏の炎熱が続く日々に、病情が重くなったときには、病が腎と肝に伝わり、痿証と厥証になりやすくなる。痿証とは、四肢の筋肉が萎えて無力となる病気のことを言う。厥証には、四肢がまるで火の中に入ったかのように熱くなる熱厥と、水のように冷えてしまう寒厥がある。

[痿証の場合は]心煩がある。[厥証の場合は]、衝脈の気が逆流して[胸に]上衝する。その程度が甚だしいときには、火逆の証となる。この証を厥逆というのである。だから痿証と厥証の二病は、ともに下焦の肝と腎の二臓に影響されるので、その治療の多くは相互に呼応するのである。

医経には、下焦(肝と腎)の気が不足すると、痿証と厥証になり、心は煩悶する、と述べられている。このようなときには、肺金の燥気を粛清し、湿熱を去る薬方を使用するか、あるいは生脈散に四苓散を合方し、酒に浸して加工した黄檗と知母を加えて、その温熱を除くとよい。

李時珍の注。温熱が痿証の原因となる場合は、脾胃が虚弱なために陰陽と気血がみな虚しているのに、虚中にまた偏勝がある場合であり、滲洩(しんせつ)の薬方(利尿剤)で治療するとよい。精血の枯渇が痿証の原因となる場合は、脾胃が虚弱なために陰陽と気血がみな虚しているのに、虚中に偏衰がある場合であり、峻補の薬方(補陽作用が強く、元気を大補の薬方)が必要となる。」

痿証とか厥証という難しい病に、中世の名医は、挑んで行ったようです。痿証は、手足にマヒのために力が入らなくなるといった病で、脳出血の痙性麻痺が進んだ私なども歩くのがやっとというところです。歩くと寝たきりの境目です。李時珍先生や李東垣先生は、負けてはいけねえぞ、と励ましてくれています。とりあえず、正経の陽明から先に進み、治療を工夫したりアイディアを出したりして、後進の方々の模範になるように日々を歩みましょう。

「奇経八脈攷全釈」李時珍、編著、小林次郎、訳注、燎原書店、1991年

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